カンボジアツーリング第4回~コーケー遺跡、プレアヴィヒア遺跡、ポルポトの墓、北カンボジアを満喫~

カンボジアツーリング第4回~コーケー遺跡、プレアヴィヒア遺跡、ポルポトの墓、北カンボジアを満喫~

更新日:2015年1月5日 (取材日:2014年12月29日) / ライター: aki

昨日はクラチェで川イルカを見てから更に奥地へと進みスラヤンという小さな町で宿泊しました。今日はすぐ近くのコーケー遺跡群を見てからプレアヴィヒア遺跡を見に行ってきます。

コーケー遺跡群

アンコール時代の首都はもちろんアンコールワットがあるアンコール地方置かれていたのですが、928年から944年頃までこのコーケー遺跡が首都になっていた時代があるそうです。

コーケー遺跡内の道

コーケー遺跡内の道

コーケー遺跡郡ということで60以上の遺跡があるようなのですが、現在整備されているのは十数個で、この遺跡内の道路から行けるようになっています。

コーケー遺跡のプラサット・トム

コーケー遺跡のプラサット・トム

コーケー遺跡で一番有名なのがこのプラサット・トム。アンコール時代の遺跡にしては珍しいピラミッド構造です。コーケー遺跡のチケットにもこの遺跡の写真が印刷されています。

ピラミッドからの景色

ピラミッドからの景色

ピラミッドの頂上まで木の階段が取り付けられており自由に登れるようになっていました。上からの景色が素晴らしいです。こういう風景、写真でうまく伝えられないのが残念です。

その他の遺跡にも看板がついています

その他の遺跡にも看板がついています

他の遺跡にもそれぞれ看板が付けられていました。ここはプラサット・プラム。

プラサット・プラム

プラサット・プラム

木に侵食された非常に味のある遺跡。こういった遺跡が幾つかあります。

地雷除去済を表す看板

地雷除去済を表す看板

地雷除去済みを示す看板もありました。数年前まではこの辺りにも地雷が埋まっていて危険なエリアだったのです。この看板は日本の援助を示していますが、この辺りはフランスの援助によるものが多かったです。ちなみにカンボジア全土でこの地雷除去済みの看板がたてられています。

プレアヴィヒア遺跡へ向かって走る

コーケー遺跡群を見た後はプレアヴィヒア遺跡に向かって北上します。最初の数十キロは昨日きた道を戻ります。

カンボジア国j道62号線を北上

カンボジア国j道62号線を北上

カンボジア国道62号線を北に向かって走ります。写真のとおり、とっても走りやすくて気持ちの良い道です。たまに集落はありますが、他の道もなくひたすら真っすぐ進みます。

英語のない看板

英語のない看板

しばらくすると看板がありましたが、クメール語しかありません。Sra'aemという街の入口です。プレアヴィヒア寺院から一番近い街で、この街で宿泊してから寺院に向かう旅行者もいるようです。

プレアヴィヒア寺院はここで左折

プレアヴィヒア寺院はここで左折

更に北に走るとプレアヴィヒア寺院の写真付きの看板がありました。ここで左折するともうすぐです。

チケット売り場へ

チケット売り場へ

チケットブースがありました。ここでチケットを入手しないとこの先のゲートで追い返されてしまいます。道路脇にいる2台のバイクはバイクタクシー。ここからさきは大型車は入れないので大型車で来た旅行者はバイクタクシーか小さな車に乗り換えることになります。

パスポートを出すだけで無料でした

パスポートを出すだけで無料でした

ここがチケット売り場。ここではパスポートの提示が必要です。他の寺院でも国籍を書く欄があったりします。どの国から来ているかデータを集めているのでしょう。

下から見上げるプレアヴィヒア寺院

下から見上げるプレアヴィヒア寺院

チケット売り場から見たプレアヴィヒア寺院。今からあの山頂まで行きます。かなり標高差がありますね。

急な坂を登っていきます

急な坂を登っていきます

この標高差を一気に上がるので道もかなりの急勾配でした。スキー場の上級コース並みの斜面です。バイクのギアを1速まで落としてゆっくり登ります。

上には駐車場があり、警察官もたくさんいました。物売りも多く、花やたばこを売っています。軽食やドリンクの売店などもありました。ここで飲み物を買って行くと良さそうです。

プレアヴィヒア寺院

プレアヴィヒア寺院

プレアヴィヒア寺院。こんな山の上にこんなものを作ってしまうなんて驚きです。

山頂

山頂

山頂に到着。ロープ一本の先は断崖絶壁です。それでも皆ギリギリまで行って写真を撮りたくなるものなんですよね。多くの人がロープを越えていました。記念撮影屋さんもいて、その場でプリントしてくれます。

山頂からの景色

山頂からの景色

プレアヴィヒアといえばこの山頂からの景色。奥のほうが霧がかってしまっているのが残念・・。昨日までは快晴だったのですが今日はちょっと空気が曇っています。

タイ方面を見下ろす

タイ方面を見下ろす

ちなみに遺跡の北側は写真奥に降りられるようになっています。ちなみに駐車場は写真左側です。更に奥に見える森はタイです。ここは国境紛争がつい最近まであり、今は国境は閉ざされています。タイ側をよく見るとタイ国旗が上がっている展望台があり、タイからもプレアヴィヒア寺院を見学できるようになっていました。

この階段を降りて行ってみます。

カンボジアの寺院と書かれています

カンボジアの寺院と書かれています

カンボジア国旗カラーのプレアヴィヒア寺院と書かれた看板がありました。本来の入口はここなのでしょう。奥にはタイ方面に道が続いています。驚いたのはここにも小さな集落があったこと。写真をとってるとご飯を食べていかないかと声をかけてくれました。

食事に招待してくれました

食事に招待してくれました

この家族のところで少しだけご飯を分けてもらいました。お父さんは英語が少しだけ話せますが他は全く話せません。頑張って通訳してくれるお父さんもそこまで英語をわからないようでなかなか会話が難しかったのですが楽しかったです。ご飯を頂いたお礼にチップを渡そうとすると頑なに受け取りませんでした。

プレアヴィヒアから西へ

プレアヴィヒアから西に向かいます。周りに集落は殆ど無いのですが、シェムリアップとプレアヴィヒアをつなぐ道なので整備されています。

シェムリアップまで199km

シェムリアップまで199km

シェムリアップまでは199kmですが、最初の目的地は79km先のアンロンベンです。

ハイペースで飛ばしたくなる一本道

ハイペースで飛ばしたくなる一本道

民家もなくハイペースで飛ばしたくなる道です。

アンロンベン(Anlong Veng)にあるポル・ポトの墓とタモックの家

タイ国境のアンロンベンはポル・ポト派の最後の拠点でした。ここにポルポトの墓や、ポルポトの右腕だったタモックの墓があります。

タモックの家

タモックの家への入口

タモックの家への入口

タモックの家の入口には英語併記で看板がありました。途中に料金所があり、入場料2ドルを取られます。

タモックの家

タモックの家

これがタモックの家。歴史的建造物、といってもポルポトの時代を考えるとまだ3,40年ほどしか経っていないはずです。カンボジア人観光客の姿もちらほら。

建物内部の壁面にはアンコールワットやプレアヴィヒア寺院の絵が書かれていました。

テラスから見える景色

テラスから見える景色

テラスからは素晴らしい景色が望めます。

ポルポトが使っていたというトラック

ポルポトが使っていたというトラック

ポルポトが使ってたというトラックも放置されるような形で展示されていました。

かなり朽ちています

かなり朽ちています

エンジンなどの部品は盗まれてしまったのでしょうか、朽ち果ててしまっています。当時はこの車で沢山の人々を運んだのでしょうか。

何を入れていたのでしょうか・・・・

何を入れていたのでしょうか・・・・

クメール語しか書かれていないゲージがありました。大きさからするに人間を入れていたようにも思えるのですが、英語での説明がなかったのでわかりません。

猿が飼われています

猿が飼われています

園となりには札が2匹鎖で繋がれていました。やっぱり猿の好物はバナナなんですね。

タイ国境の町

更に北に登るとタイとの国境があります。

タイとの国境付近

タイとの国境付近

国境の町の様子。小さな町です。この道を奥に進むと国境があります。

建設中

建設中

道の左側ではカジノと思われる大型ホテルが建設中。カンボジアの国境はどこもカジノがありますね。

とても小さな国境

とても小さな国境

これが国境。手前左にある赤い屋根の建物がカンボジア側国境施設です。もう少し時間があればタイにも行ってみようと思うところなのですが今回は越境せずに戻ります。

道路脇に運動場

道路脇に運動場

近くでは若者たちがサッカーをしていました。カンボジアの道では道端で芋を干している光景によく出会いましたが、ここでは何かの果物の実のようなものを干しています。

ポルポトの墓

そんな国境付近にポルポトの墓があります。

ここを右折

ここを右折

このゲストハウスの看板の下に小さくポル・ポトの墓があると書かれています。ここを右折。

ポルポトの最後の地です

ポルポトの最後の地です

ここがポルポト最後の地です。ここでも入場料2ドルを払いました。私がバイクで入っていくのを見て近くの商店のおじさんがついてくると思ったら彼が料金徴収人でした。

ポルポトの墓

ポルポトの墓

ポルポトの墓です。いっときの国のトップであり、数百万人を殺した末路がこの小さなお墓です。ポルポト及びクメール・ルージュについてあまりぴんとこない方は、プノンペンのトゥールスレン収容所やカンボジア各地にあるキリングフィールドに一度は訪れることをおすすめします。旅をしているといろいろと歴史に詳しくなれる気がします。

シェムリアップへ

夕暮れが近づいてきました。シェムリアップへ急ぎましょう。

夕日を追いかけてシェムリアップへ

夕日を追いかけてシェムリアップへ

本当はバンテアイ・スレイ遺跡が道中にあるのでその付近で宿泊しようと考えていたのですがゲストハウスが見つかりませんでした。クメール語で書かれているのがあったのかもしれないのですが読めないのでわかりません。ただ、ここでは結局シェムリアップに行ったことが正解でした。

ガソリンスタンドのおばさんのネイルが素敵

ガソリンスタンドのおばさんのネイルが素敵

途中でガソリンを補給。店員のおばちゃんのネイルが綺麗だったので写真を撮ってしまいました。カンボジアの奥地でもネイルアートはあるんですね。

シェムリアップ

日が暮れてからも走り続けてアンロンベンから120km離れたシェムリアップに到着しました。

シェムリアップ

シェムリアップ

シェムリアップは今までの町と比べるととても賑やかです。観光客の多さから、プノンペン以上に賑やかな一角もあるほどです。実は以前に日本人経営のヤマトゲストハウス の方にメールでお世話になったことがあるのでそこに泊まろうと思っていたのですが、年末でドミトリーも満室ということなので他のホテルを探しました。偶然昨日まで休業していたゲストハウスがあり、なんとドミトリーなのに貸切状態。値段も1泊5ドルと安いので早速チェックイン。

このカフェのソファーが最高

このカフェのソファーが最高

カンボジアのカフェチェーン、ブルーパンプキン。このお店、コーヒーもケーキも美味しくて、更にはソファーの席があるのでつい入ってしまします。この後ソファーの席が空いてからは閉店までここにいました。

ドミトリー貸切

ドミトリー貸切

このドミトリーが貸し切りでした。翌日にはもう客がいっぱい入ってきて貸し切りではなくなったのですが、バスルームも新しく清潔でとても良い所でした。パブストリートにも近く、長距離バスが目の前から発着しているのでバックパッカーには最高の立地です。結局ここに3泊しました。

明日はシェムリアップ郊外の古橋やベン・メリア遺跡群を巡り、上空からアンコールワットを見てきます。

ライター情報

aki

aki

旅をするように生きていたい、そう思っていたら気づくとホーチミンにいました。本業の傍ら、ベトナム観光・生活情報ナビ、Samurai Cafe Saigonをやったりしています。ベトナム・ホーチミンから、日本とは一味違うベトナムの日常をお届けします。

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