ベトナムDMZの記事一覧

ベトナムDMZの記事一覧

ベトナムといえばベトナム戦争を思い浮かべる人も少なくないでしょう。ベトナムは1954年のジュネーブ協定により南北に分断された後1976年の南北統一(終戦は1975年)までの22年間にわたって南北に分断されていました。DMZはDe-Military Zone(非武装地帯)という意味で、戦時中の境界線に作られます。ベトナムでは北緯17度線付近のベンハイ川周辺が指定されました。

この地域は当時南北の各軍が激戦を繰り広げた地域であり、今も当時の爪痕が残っています。ベトナムの歴史を語る上で避けては通れないベトナム戦争を現地で見ることはとてもいい経験になると思います。DMZは世界遺産の街・フエからの観光ツアーも催行されており、欧米人を中心に人気になっています。

近隣には古都フエ世界最大級の洞窟があるフォンニャケバン国立公園などの世界遺産も多く、同時に訪れるのも良いでしょう。

DMZへの交通

国道1号線

DMZへは国道1号線からアクセスします。

DMZはベトナム中部のQuang Tri(クアン・チ)省にあります。一般的な観光としてはフエからの観光ツアーの利用が多いです。フエからDMZは200kmほどに位置しており、日帰りバスツアーで訪れることができます。

電車やバスで訪問する場合はQuang Tri省の省都であるDong Ha(ドンハ)という街を目指すことになります。鉄道での所要時間はホーチミンからは25時間、ハノイからは10時間程度です。ちなみに、ドンハからはラオスのサワンナケートまで国際バスが運行されています。ドンハから各DMZの見どころへのツアーは無く、タクシーやレンタバイクでの訪問となります。レンタバイクで訪れるのが色々と見て回れて一番お勧めですが、100km以上走行することになるのでフエからの観光ツアーを利用すると良いでしょう。

DMZの魅力

DMZで外せないのはやはり南北国境にかかっていたヒエンルオン橋でしょう。国道1号線にかかるこの橋は現在は新しい橋が開通しておりますが、その横に当時の姿のまま保存されており、徒歩での横断が可能です。橋には現在も銃弾の跡が残り、当時の戦闘を思い出させます。国境の北側にはビンモックトンネルがあります。こちらは南軍からの攻撃から逃れるために作られた地下都市です。ホーチミン市郊外にあるクチトンネルは軍事基地としての正確が強い地下都市ですが、こちらは生活の拠点として作られております。

南側にはロックパイルという南軍のミサイル基地があった山があります。現在は緑に覆われていますが、当時は激しい戦闘のために木がなく、ロックパイルと呼ばれていました。そこさらさらに進むとケサン基地跡に着きます。ケサン基地は南軍の主要基地でしたが、激しい攻撃に晒されて撤退を余儀なくされ、その撤退時に自ら破壊工作をしたというものです。破壊工作をしたにもかかわらず今なお基地の面影を残しています。今は資料館が立てられて当時の様子を今に伝えています。その近くにはダクロン橋があり、これは北軍の主要補給路であったために当時南軍に破壊されました。ドンハ市内の教会は当時のまま保存されており、銃弾の跡や黒く焦げた跡が今に残っています。

ベトナム戦争時に何度も破壊されては再建された南北国境の橋ダクロン橋

ベトナム戦争時に何度も破壊されては再建された南北国境の橋ダクロン橋

更新日:2012年12月18日 (取材日:2013年8月16日) / ライター:aki

ベンハイ川にかかるこの橋がダクロン(Da Krong)橋。ベトナム戦争時には何度も何度も米軍によって破壊されては建設しなおしたという橋です。今の橋は近年新しく作られたものです。 ダクロン橋 ダクロン橋はいまはホーチミンロードというベトナム第2の南北幹線道路の一部になっています。 ベトナム国家歴史遺跡を表す石碑もあります。

米軍の重要拠点であったケサン基地跡を見学しよう

米軍の重要拠点であったケサン基地跡を見学しよう

更新日:2013年12月18日 (取材日:2013年8月16日) / ライター:aki

ケサン基地はベトナム戦争時の米軍の重要拠点で、ホーチミン・ルートを攻撃して分断するために設けられました。ケサン基地を巡る1968年の攻防では米軍が勝利したものの、その7月には自ら基地を破壊した上で撤退しています。 こちらがケサン基地の入り口。タコン(Ta Con)空港という名前もあるようです。 ケサン基地に展示されている戦闘機 基地跡は現在は博物館として一般に開放されています…

ラオス国内に今まだ残るホーチミン・ルートを訪ねる

ラオス国内に今まだ残るホーチミン・ルートを訪ねる

更新日:2013年12月18日 (取材日:2013年8月16日) / ライター:aki

ホーチミン・ルートといえばベトナム戦争時に北ベトナムが国境付近の山岳地帯に設けた北から南への補給路。ラオスやカンボジア国内も通っていたというホーチミン・ルートがラオス国内にも残っています。 ベトナムからラオスへ ラオバオ国境からラオスに入ってすぐの所にホーチミン・ルートが残されています。 ということで国道を右折して赤土の道路を進みます。 しばらく走ると橋がありました。 …

ベトナム戦争当時の南北境界に掛かる橋ヒエンルオン橋に訪問しよう

ベトナム戦争当時の南北境界に掛かる橋ヒエンルオン橋に訪問しよう

更新日:2015年8月17日 (取材日:2014年6月23日) / ライター:aki

ベトナムを語る上で避けて通れないのがベトナム戦争。当時は北緯17度線を境に南北ベトナムにわかれていました。その南北境界に位置していたのがヒエンルオン(Hiền Lương)橋。今では隣に立派な国道1号線が走っており、まるで国境であったことなど忘れてしまったように車両が行き交っています。 橋の袂にあるフラッグタワー 橋の脇にはフラッグタワーが立っており、今ではベトナム統一の象徴となっています。 …

ベトナムDMZに残るヴィンモック地下トンネルに潜り戦争時の生活に思いを巡らす

ベトナムDMZに残るヴィンモック地下トンネルに潜り戦争時の生活に思いを巡らす

更新日:2015年8月10日 (取材日:2014年6月23日) / ライター:aki

ベトナム戦争時のトンネルとして有名なのはホーチミン市郊外のクチトンネルと、ここクアンチ省(Quang Tri)にあるヴィンモックトンネルがあります。クチトンネルは戦闘用のトンネルだったのに対し、ヴィンモックトンネルは住民が空襲から身を守るために作られた地下都市。戦争当時の南北境界線のすぐ北側にあったこの街にはたくさんの爆弾が投下されました。この地下トンネルには600人もの住民が住んでいたと言われて…

ベトナム・ラオスバイクの旅:第14話~ラオス・ベトナム両国のホーチミン・ルートとケサン基地でベトナム戦争に触れる~

ベトナム・ラオスバイクの旅:第14話~ラオス・ベトナム両国のホーチミン・ルートとケサン基地でベトナム戦争に触れる~

更新日:2013年12月18日 (取材日:2013年8月16日) / ライター:aki

これまで、初日はホーチミンからバンメトートまで北上し、ダライヌア、ダライサップの滝を見に行きました。 2日目はラック湖の大自然を象に乗って楽しみ、中部高原の自然を堪能した後でプレイクに向けて北上しました。 3日目はプレイクの街を楽しんでから、ラオス国境近くまで北上し、バイクに乗ったまま国境を通過し、ラオスのセーコーンで1泊しました。 4日目は南ラオスの滝を巡ってチャムパーサックまで来ました。…

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